美咲と優希は、啓太や拓郎と同じく、北中出身のクラスメイトだった。
少し釣り上がった目尻の与える印象どおり、気の強い気質でどこか攻撃的な美咲と、大きな瞳を伏せがちにして、いつも自信無さそうに眉を下げて微笑んでいる優希。対照的な雰囲気を背負っている二人は、いつも一緒だった。そして二人とも、同級生に留まらず、上級生から下級生まで、同じ高校に通う男子生徒たちには人気があった。否応なしに異性を惹きつける容姿を、二人揃って携えていたからだ。
でも、美人が二人並ぶと近寄りがたい、という少し不可解なオスの心理を、僕も含めた、同じ高校に通っていた男子生徒の殆どが、この時実感していただろう。二人がどんなに魅力的でも、実際は遠巻きに二人を見つめているだけで、誰も彼女らに進んで、「そういう目的」で声をかけるようなことはしなかった。
声をかけない、というスタンスにおいては、驚いた事に啓太と拓郎も同じだった。が、彼らの場合、僕や他の男子生徒たちとは、根拠が違った。
「タメには興味が無い。」
冷めた口調できっぱりと二人は言い切っていた。そして、強がっている様子でもないのが、僕には不思議だった。いつも島の外からやってくる女の子たちの後を追い回しているにもかかわらず、すぐ側の、彼らの言葉を借りれば「スペシャル」に分類されるであろう彼女たちには、本心から興味を抱いていない。殆ど無差別に声を掛け捲るくっているくせに、美咲と優希に対するその態度は、理解しがたかったし、今でも二人の真意は判らない。
ただ、啓太と拓郎が声をかけなくても、あちら側が興味をもてば、話は別だ。いや、正確には、興味ではなかったのかもしれない。
「あんた達さ、あんまり島の恥をさらすような真似しないでよ。」
僕ら、正しくは啓太と拓郎が、旅行者に声を掛けるという、悪趣味な日課に精を出しているところを見かけると、決まって美咲がからんできた。
本土からのフェリーが行き来する港の商店街で、両親が土産物屋を営む美咲にとっては、恐らく啓太や拓郎のこの日課が、営業妨害になると半ば本気で憤って、半ば呆れていたんだろう。
そんなことは気にも留めず、はいはい、と軽くあしらうような返事を返す啓太と拓郎。それに触発され、更に興奮して彼らを一通り罵ると、
「あんたも本当はそういう人種じゃないでしょ。何でこいつらに付き合うわけ?」
と、美咲の憤りの矛先は、最後はいつも僕に向いた。打っても鳴らない鐘のような啓太や拓郎より、僕を攻撃して何とか気を紛らわそうとしていた。そういうサディスティックなところが少し、美咲にはあった。
そしてエスカレートしていく美咲の勢いに僕がたじろいでいると、美咲の後ろから困ったようなか細い声が飛んでくる。
「サキちゃんもういいでしょ?」
苦笑を浮かべながら親友にブレーキをかける優希に救われて、僕らはいつも、何とか解放された。そしていつのまにか、そんなやりとりが日常になっていた。
仲が良いとか悪いとかいう事の、本当の本質は僕には判らない。でも、歪な形にせよ、そいういう毎日が続き、一緒にいる機会が増えたことで、僕らと彼女らとの間に、不思議な仲間意識のようなものが生まれたのは、確かだった。美咲を煙たがりながらも、啓太も拓郎も、そのシチュエーションを楽しんでいるような雰囲気を、しばらくしてから見せるようになった。
『潮騒』という名の、島では唯一、高校生の僕らにお酒を飲ませてくれるお好み焼き屋が、いつからか僕ら5人の溜まり場になっていた。
俺はもともと東京のやくざ者だったと、いつも嘯く坊主頭の店長は、確かに良く見ると強面ではあったけれど、睨みを利かすよりもニヤケ面の似合う、スケベそうで、いい加減な感じのオヤジだった。逆にそのいい加減さが、僕らにとっては、周りにいた他の大人たちよりも窮屈な感じがしなくて、馴染みやすかった。
高校2年の夏休み直前、そんな店長の、「バイクくらい転がせねえと、女にはモテねえぞ。」なんて口車に乗せられたのは、啓太と拓郎だった。
二人はさっそく僕も巻き込んで、教習所へ通うための費用を捻出するべく、『潮騒』でアルバイトを始めた。僕だけは最初から、人手の足りない夏場の店の経営に、人件費格安の高校生を使いたくて、店長が意図的にそんな事を啓太と拓郎に吹き込んだに違いない、と気づいていたが、盛り上がる二人に水を差すことができず、二人はまんまと担がれ、僕はいつもどおり、引きずり込まれた。
お盆がすぎたあたりでバイトから開放されて、合宿形式の教習に慌てて参加して免許を取った時には、夏休みは終わっていた。そこで啓太と拓郎も、ようやく自分らが良いように利用されたことに気付いた。
「私は知ってて、あえて教えなかったんだけど。」と、美咲は僕らを笑った。バイト期間中、何度も冷やかしに店に顔を出していた美咲が、何かを含むようににやけていたのを、僕は知っていた。
ブレーキ役の優希はこの時、美咲を止めるというより、僕らを哀れむような表情で、決定的な一言を漏らした。
「肝心のバイクは、どうやって手に入れるの?」
その台詞に茫然自失とした啓太と拓郎の表情は、傑作だった。同じく当事者であるはずの僕までも、思わず噴出してしまうほどに、可笑しかった。
バイクを手に入れる当てなど無く、ただただ闇雲に、免許を取ることだけに二人が意識を集中してしまっていたのは、バイクそのものに乗りたいのではなくて、あくまでも女の子の気を引く道具としか考えていなかった、二人の邪な姿勢が招いたものなんだろう。
「自業自得。ホント、バカ。」
美咲もそれを察して、更に二人を突き落とす。厨房の向こうから聞こえてきた店長の下品な笑い声が、最後にとどめを刺した。
退屈なようで退屈でない、無為であるようで貴重に思える、毎日だった。
啓太と拓郎、そして美咲と優希がいつも僕の周りにいた日々は、そんな矛盾した不思議な感覚を僕の中に残して、ゆっくりなのか早いのか判らない曖昧なスピードで、でも確実に、過ぎていった。